農家のあとつぎの独り言

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help リーダーに追加 RSS 農協のための農業、農家のための農業?

<<   作成日時 : 2009/01/08 18:53   >>

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引き続き、Yahoo!ニュースの「減反見直し」のコメントにコメントします。

6:2009年1月5日 13時27分
農協のための農業ではなく
農家・国民のための農業にして下さい。
農地の定義を緩和して下さい。


前半と後半とでは全く話題が違うと思うのですが、同意票を入れられている方々は両方に同意なのでしょうか、それともどちらか片方なのでしょうか?

で、前半に関しては発言の趣旨はなんとなくわかります。今の農協は合併とリストラを繰り返さなければ経営が続かないところが多くなっています。一方で、合併すれば農家からの距離はどんどん遠く感じられ、ともすれば利用率の低下と経営の悪化という悪循環を引き起こすことにもつながっています。今の農協のサービス水準が満足の行くものだとは思えないことには同意します。

とは言え、そもそもの話をすれば、農協は組合員が自ら出資して、組合員にとって必要なサービスを自分たちで選択し、それに見合ったコストを皆で賄うという自主的な運営が原則です。「サービスは与えられるもの」「対価は払わないもの」という意識が蔓延すると、お互いの距離や方向性に当然開きが出てくるだろうと思います。もちろん、組合は加入脱退の自由がありますから、本当に自分にとって必要のないものであれば抜けることも出来るし、新しく組織することも出来ます。それに伴うデメリットと労力を厭わなければ、という条件付ですが。なので、私が感じた違和感というのは、「農協のための農業」というよりも、まず農協をもう一度農家のための農協にすることが先決ではないか、ということです。

さらに、国民のための農業という場合、(多くの農家を含む)大部分の国民は消費者です。消費者にとっての利益というのは、「安全で安心な農産物が低価格で買える」、ということに尽きると思います。ただここで一つの矛盾があります。「安全」を保証するには一定のコスト(検査や監視監督)が必要です。もちろんそれとて100%完璧とは言えないのですが、「安心」を担保するためには限りなく100%の完璧さが求められています。では安心を担保するためにどこまでコストをかけるのが認められるかということですが、安心を要求する人は往々にしてそのコストを無視しがちですから、未だ明確な共通認識が得られているとは言いがたいです。本来安全安心を保証するコストは消費者にとって不要なものであるべきだと思いますが、残念ながらそのような性善説では古今東西まかり通らないのが常識ですから、なかなか悩ましいものがあります。


一方、「農地の定義を緩和して」の意味するところがよくわかりません。農地を保護しないと宅地開発や商業施設誘致が容易になる=農地が農地でなくなる、だから定義を厳格にして規制を行うと考えるのが一般的です。農地の定義を緩和すると、バブルの頃のリゾート開発の二の舞になるのではという懸念があるのですが。


いずれにしろ、今の世の中で生きていくのに経費ゼロということはほとんどないのですが、いかに無駄遣いをなくすか、より効果のある方法が取れないか、ということは常に模索する必要があると思います。

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